どこかのキャッシュ屋のCMみたいになってしまった。ユビキタスコンピューティングとは下のサイトの説明を見ると
http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/ubiquitous.html
「人間の生活環境の中にコンピュータチップとネットワークが組み込まれ、ユーザーはその場所や存在を意識することなく利用できるコンピューティング環境」
となっていた。なるほど最初期に“のーびす”が理解していた事でよかった事になる訳だ。
http://naworks.g-serve.net/archives/000013.html
決して“のーびす”が下のエントリでひらめいたような事でなかったわけだ。
http://naworks.g-serve.net/archives/000326.html
実はこう考えていた。
ユビキタスはメインフレーム(コンピュータ1台を複数人で使う)→パソコン(1台を1人)の次に来る事となっている。となると複数台を一人、ないしは複数台を複数人で使う事にはなる。決して最初期に理解したような事(携帯電話からコンピューターを使う)だけではない。最初期の理解だと冷蔵庫や洗濯機をネットワークにつなぐだけでユビキタスになってしまう。“のーびす”がひらめいたのは"Write once, run anywhere"、つまりJAVAにつながる。でどうなるかというと"Anywhere"に効いている。つまり"Any CPU, memory and IO"になってしまうのだ、“のーびす”的解釈としては。どのCPUで実行されてもいいし、どのメモリー上に置かれてもいいし、どのIOにアクセスしてもいいって事なのだ。
現実的にはネットワークで結合されたどこかのコンピューター上にあるファイルイメージをどこかのコンピューター上で実行し、どこかのコンピューター上で操作する事になる。
実行の際にはDSPもあるだろうしGPUもあるだろう。ネットワーク上にあるそれらを自由に使用できる事が必要になる。グリッドもある。グリッドも単一種のCPUで構成されたものではなくって複数種のCPUで構成されていてもかまわない。
等と考えたわけだ。
ところが上で参照したサイトによると
例えば、正しいバッジを着用した者にのみに開くドア、名前によってあいさつする部屋、相手の場所に応じて自動的に転送される電話などが理想的に語られる。
となっている。ふにゃ、今世間で語られているユビキタスがユビキタスであって“のーびす”の考えたものは違ったものなんだな。つまんねーの。なんかがっくり来ちゃった。でもJAVAリングとかトースターとかあったような気がするんだけど。